2009年07月01日

中国共産党の最高指導機関は

中国共産党の最高指導機関は、5年に一度開催される中国共産党全国代表大会である。 閉会期間中は大会で選出された中国共産党中央委員会(毎年少なくとも1回開催)がこれを代行する。 中央委員会全体会議は、中央政治局委員、中央政治局常務委員、中央委員会総書記を選出し、中央書記処メンバーを選出する。

中国共産党中央政治局と常務委員会は党の最高意思決定機関であり、中央委員会総会の閉会期間に中央委員会の職権を行使する。 総書記が中央政治局会議、中国共産党中央政治局常務委員会会議を招集する。 現在(第17期1中全会選出)の政治局委員は25人。 うち、政治局常務委員は胡錦濤(総書記)、呉邦国、温家宝、賈慶林、李長春、習近平、李克強、賀国強、周永康の9人で、党の最高指導部を形成している。 毛沢東時代には形骸化し、毛沢東の恣意的な決定が頻繁になされた。 そして鄧小平時代になっても、こうした傾向は継続したが、現在では改められている。
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中国共産党中央書記処は、中央政治局のもとに設置された日常活動を処理する事務機関。総書記が中央書記処の活動を主宰する。 現在、書記は習近平らx人。

中国共産党中央軍事委員会は、国家中央軍事委員会と一体となって人民解放軍を指揮する軍事の最高機関。事実上、中国人民解放軍は党が指導する軍隊である。 2004年9月以降の委員は11人で、うち主席は胡錦濤、副主席は郭伯雄、曹剛川、徐才厚の3人。

中国共産党中央規律検査委員会は、党の規律検査を担当する機関。委員は全国代表大会で選出される。書記は呉官正。

2009年06月13日

量子力学の基礎はシュレーディンガーとハイゼンベルク

1925年、量子力学の基礎はシュレーディンガーとハイゼンベルクらによってそれぞれ波動力学・行列力学という別の形式で与えられた。波動力学と行列力学によってついに、粒子性と波動性をもつ量子の運動(厳密には存在確率)を記述できる基礎方程式が書き下された。それぞれシュレーディンガー方程式、ハイゼンベルクの運動方程式と呼ぶ。

プランクの量子仮説とド・ブロイの物質波を仮定することから、粒子のエネルギーや運動量を波(波動関数)として表現することができる。

粒子のエネルギーと運動量を波動として表現して代入することで、シュレーディンガー方程式を得ることができる(波動力学)。また、粒子のエネルギーや運動量を波としての性質(重ね合わせの原理、直交性、線形性)をもつということができるため、行列に置き換えて同じ演算をすることができる(行列力学)。翌1926年、シュレーディンガーはこれらの二つの力学が数学的に等価であることを証明した。

1927年にハイゼンベルクは不確定性関係を導き(不確定性原理)、ほぼ同時期にコペンハーゲン解釈が明確にされた。

量子力学の解釈については、大きな議論が巻き起こった。確率解釈を嫌ったアインシュタインは、「神はサイコロを振らない」という有名な言葉を残した。

同時期にディラックはクリフォード代数を導入することにより、確率が負にならない相対論的量子力学を構成し(ディラック方程式の項を参照のこと)、またブラ-ケット記法を用いた演算子理論を最初に使った。1932年にフォン・ノイマンは演算子理論としての量子力学の厳密な数学的基礎を与えた(量子力学の数学的基礎)。

量子力学の定式化が行われるようになって、現代物理学では量子力学とアインシュタインの相対性理論が最も一般的な物理学の基礎理論であると考えられるようになった。その後、電磁相互作用、重力相互作用を量子力学に組み込むことが求められるようになった。それぞれ、特殊相対性理論や一般相対性理論と量子力学の橋渡しをしてひとつの定式化された理論を目指すことに相当する。
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1950年代にファインマン、ダイソン、シュウィンガー、朝永振一郎らによって量子電磁力学が構築された。量子電磁力学(りょうしでんじりきがく、Quantum electrodynamics; QED)とは、電子を始めとする荷電粒子間の電磁相互作用を量子論的に記述する理論である。一方、量子力学と一般相対性理論を合わせた理論(量子重力理論)は、いまだ完成されていない。

さらに素粒子物理学の発展によって従来考えられていなかった電磁力や重力以外の基本相互作用が認められるようになった。量子色力学が研究されるようになり、1960年代初頭から始まる。今日知られる様な理論はポリツァー、グロス、ウィルチェックらにより1975年に構築された。すべての基本相互作用を含む大統一理論の探求がおこなわれている。

これまでに、シュウィンガー、ヒッグス、ゴールドストーンらと他大勢の先駆的研究に基づき、グラショー、ワインバーグ、アブドゥス・サラムらは電磁気力と弱い力が単一の電弱力で表されることを独立に証明している(電弱理論)。

量子力学の成立によって物性物理学の発展に基づいた現代の工学の発展は可能になった。今日のIT社会ないし情報化社会と呼ばれる状況を成立させている電子工学も、半導体技術などが量子力学をその基盤としている。量子力学はまた化学反応の現代的な記述を可能にし、量子化学の分野が発展した。

2009年04月24日

堆積岩

堆積岩(たいせきがん、英: sedimentary rock)は、既存の岩石が風化・侵食されてできた礫・砂・泥、また火山灰や生物遺骸などの粒子(堆積物)が、海底・湖底などの水底または地表に堆積し、続成作用を受けてできた岩石。かつては、火成岩に対し、水成岩(すいせいがん、英: aqueous rock)とよばれていたこともある。地球の陸の多くを覆い、地層をなすのが普通である。

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砕屑岩 - 火山由来以外の成分(砕屑物)が堆積したもの。堆積した場所により、陸成砕屑岩、海成砕屑岩に分ける。
礫岩・角礫岩
砂岩
泥岩(シルト岩、粘土岩を含む)、頁岩(シェール)、粘板岩(スレート)
火山砕屑岩(火砕岩) - 火山灰など火山由来の成分(火山砕屑物)が堆積したもの。
火山角礫岩
凝灰角礫岩
火山礫凝灰岩
凝灰岩
生物岩(生物的沈殿岩) - 生物由来のもの。
石灰岩
苦灰岩(ドロマイト)
チャート
珪藻土
石炭
化学的沈殿岩
石灰岩
苦灰岩(ドロマイト)
チャート
蒸発岩 - 水中に溶けていた成分が、水の蒸発によって析出し固まったもの。
岩塩
石膏

2009年04月07日

ザ・テンプターズ

ザ・テンプターズ(The Tempters)は、日本のグループ・サウンズのバンド。
1967年10月に「忘れ得ぬ君」でデビュー。その後、「神様お願い」「エメラルドの伝説」などのヒット曲を生み、ザ・タイガースとともにグループサウンズの最盛期を支えたバンドの一つ。1971年に解散。 ショーケンこと萩原健一がメインボーカルとして在籍していたグループ・サウンズとしても知られる。

メンバー [編集]
松崎由治(まつざきよしはる、ヨッチン、1948年4月16日 - )、リーダー、リードギター、ボーカル
萩原健一(はぎわらけんいち、ショーケン、1950年7月26日 - )、ボーカル、ハーモニカ
田中俊夫(たなかとしお、ブル、1947年11月1日 - 1997年)、サイドギター、オルガン
高久昇(たかくのぼる、ノボル、1948年5月5日 - )、ベース
大口広司(おおぐちひろし、ヒロシ、1950年11月28日 - 2009年1月25日)、ドラムス

来歴 [編集]
1966年に埼玉県大宮市(現・さいたま市)で、萩原、大口を除いて結成されたアマチュア・バンドが前身。その後、ジャズ喫茶の演奏中に飛び入りした萩原、弟バンドの「ジュニア・テンプターズ」から大口が参加し、1967年春頃にデビューメンバーが揃う。

1967年5月にザ・スパイダースの田邊昭知が設立した芸能プロダクション、スパイダクション(現・田辺エージェンシー)にスカウトされ、「ザ・スパイダースの兄弟バンド」として売り出しが図られる。6月にヤング720でテレビ初出演、8月には第33回日劇ウエスタンカーニバルに初出場した後、松崎が作詞・作曲したシングル「忘れ得ぬ君」でレコードデビューした。

1968年3月5日に発売された2枚目のシングル「神様お願い」も松崎が作詞・作曲し、オリコンで2位を獲得した。これにより、ザ・タイガースに並ぶ人気グループ・サウンズになった。続く6月に発売された「エメラルドの伝説」はオリコン1位を獲得したことでその人気は頂点に達し、同月には「ザ・テンプターズ・ファースト・アルバム」も発表された。

1969年2月25日には、全曲オリジナル曲で固められたセカンドアルバム「5-1=0 ザ・テンプターズの世界」が発売、3月には初の主演映画「涙のあとに微笑みを」も公開されたが、ブームの衰退とともにセールスが低下(1968年12月発売の「純愛」はオリコン8位、1969年3月発売の「雨よふらないで」はオリコン21位、1969年7月発売の「帰らなかったケーン」はオリコン31位)し、ザ・テンプターズの人気も下降線をたどり始めた。

1969年7月には、同年4月20日に東京厚生年金会館大ホールで行われたコンサートを収録したアルバム「ザ・テンプターズ・オン・ステージ」、12月には日本人アーティスト初のメンフィス録音となった「ザ・テンプターズ・イン・メンフィス」が発表されたが、セールスの低下は止まらなかった。以降、1970年に入ってからは活動範囲が徐々にジャズ喫茶に限られてくるようになり、1971年1月に解散となった(同月に行われた第43回日劇ウエスタンカーニバルはザ・テンプターズとしての出演が予定されていたが、実際に出演したのは萩原だけだった。なお、事実上のラストステージは1970年12月のサンケイ小ホールで行われたコンサートであった)。

解散後 [編集]
萩原健一と大口広司は、1971年1月にザ・スパイダースの井上堯之、大野克夫、ザ・タイガースの岸部一徳(当時は岸部修三)、沢田研二とロックバンド「PYG」を結成。PYG脱退後は両名共俳優に転身。その後も二人は芸能界で活躍していたが、大口は2009年1月に肝臓癌で亡くなった。

松崎由治は、東京キッドブラザースの音楽担当として「南総里見八犬伝」や「THE STORY OF EIGHT DOGS」などの楽曲制作に携わった後、飲食店経営を手掛けている。

田中俊夫も飲食店経営を手掛け、沢田研二が「勝手にしやがれ」で、1977年12月に第19回日本レコード大賞を受賞した際には、萩原健一と共に授賞式の壇上へ姿を見せていた。しかし、1997年に白血病で亡くなっている。

高久昇はインテリア・デザイナーに転身した。

特徴 [編集]
ローリング・ストーンズなど「黒っぽい」ロックのカヴァーを得意とした。また、リーダーの松崎由治が手掛けるオリジナル曲が多く、「アイドル」としての人気が高かったグループ・サウンズのバンドでは珍しい存在となっている。

ディスコグラフィー [編集]

シングル [編集]
忘れ得ぬ君(1967.10.25)
作詞:松崎由治/作曲:松崎由治
神様お願い(1968.3.5)
作詞:松崎由治/作曲:松崎由治
エメラルドの伝説(1968.6.15)
作詞:なかにし礼/作曲:村井邦彦
おかあさん(1968.9.25)
作詞:松岡弘子・松崎由治(補作詞)/作曲:松崎由治
純愛(1968.12.14)
作詞:なかにし礼/作曲:村井邦彦
雨よふらないで(1969.3.25)
作詞:萩原健一/作曲:松崎由治/編曲:松崎由治・川口真
帰らなかったケーン(1969.7.15)
作詞:なかにし礼/作曲:かまやつひろし/編曲:川口真
エブリバディ・ニーズ・サムバディ(1969.11.25)
作詞:Bob Mcdill・松崎由治(訳詞)/作曲:Bob Mcdill
愛の終り(1969.12.20)
作詞:松崎由治/作曲:松崎由治
復活(1970.3.25)
作詞:なかにし礼/作曲:川口真/編曲:川口真
出来るかい?出来るかい?(1970.6.25)
作詞:なかにし礼/作曲:川口真/編曲:川口真
若者よ愛を忘れるな(1970.10.25)
作詞:松崎由治/作曲:松崎由治

アルバム [編集]
ザ・テンプターズ・ファースト・アルバム(1968.6.25)
5-1=0 ザ・テンプターズの世界(1969.2.25)
ザ・テンプターズ・オン・ステージ(1969.7.25)
ザ・テンプターズ・イン・メンフィス(1969.12.20)
テンプターズ・ゴールデン・アルバム(1970.6.15)
ザ・テンプターズ・アンコール(1971.1)

出演映画 [編集]
濡れた逢引き(1967年、松竹)
星影の波止場(1968年、日活)
ザ・テンプターズ 涙のあとに微笑みを(1969年、東京映画)

ブリザード キング スイート アクター タッパー フリーズ 国道日 コピー ノルウェー ケーワイ スラック コスト ナース デビル スレンダ スパナ てらつつき ジェイ メラノーマ オーイー フォトグ クラッチ テリト キンシバイ ムラサキ オブジェク フィニ スベリン ビーズ ピュア カナッペ プレーグ すりはく ベスビア レーム ひっす フライ スタート ション パルメ メション ヘルプ ハイブ ロスカット イカーゴ フロー マグノリ 小夜時雨 サモエード ナビテラ

2009年03月23日

3700系という形式称号は名鉄では3代目となる

3700系という形式称号は名鉄では3代目となる。3500系の改良型で、1997年から1998年にかけて4両編成5本20両が製造された。編成は豊橋方から ク3700形(Tc1) - モ3750形(M2) - モ3850形(M1) - ク3800形(Tc2)である。

動力系や室内などは3500系に準ずるが、パンタグラフには従来タイプの菱形ではなくシングルアーム式のものが採用されたほか、車体断面の形状もそれまでの卵形の形状から側板が垂直の角張った形状に変更して屋根高さが10cm高い3,600mmとなった。そのため側面の印象は阪神電気鉄道5500系あたりに近い[18]。側窓の天地寸法は5cm拡大され880mmとなったが、屋根は肩部のR(曲率半径)が小さく上面のRが大きいため幕板部分が広い。また本系列から車体のみの長さを18,230mmに、連結部の隙間を600mmとした。床面高さは1cm下げられ、ちょうど1,100mmとなった。
トウワ マリンシャ パスネ マイル 琴の波 日本検索 ジュピター ライム ティーカ トラック パワステ カラー ミューズ レイオフ テレホ レイヤ チャイナ ダリー バッケン セル ハイスク チャリス おおみ ウバイド ドレープ ぎおんうお かぼちゃ レコアダー フィール もちは チキン ブーバル つれあい マスカレ りざや ルマガ 伊予緋 すぺあみ スケルト 十二単 ストライプ ヒラタケ 仮面 エゴイス ゼノタイ クロスセル ドアマン パンダ アケミス サラサ

室内の構成は3500系と同様であるが、車体断面の形が変わったことによる変化の他に、天井の高さが2,235mmに拡大され冷房吹出口が1200系と同様のラインフロー式となり、座席が扉脇まで延長された。したがって折りたたみ式の補助席は設置されていない。扉間の座席は9人掛けとなったが、1人当りの幅は440mmで、その後の標準である470mmに比べると狭い。ただし車端部は470mmを確保している。車体を延長した分だけ、妻面の壁が3500系と比べて厚くなり、そこにLED表示器、消火器、非常扉コックなどを収めている。

3500系と同様に電気指令式ブレーキを装備するため、先頭車前面に「ECB」のプレートが装着されているが、そのデザインは変化している。冷房装置は6000系の能力アップに採用された12,500kcal/hの集約分散式を各車3基搭載するが、室外機カバーの形状は異なる。

また車内のLED表示器の文字の書体も3500系とは異なる。種別・行先表示器の表示内容の変遷は前記した。

1次車 3701F・3702F
1997年に2本8両が製造された。
この2本と下記の3100系1次車の製造によって7300系が全廃された。
2次車 3703?3705F
1998年3月に3本12両が製造された。前面窓を8cm上げ[19]、新造時から種別・行先表示器にローマ字を併記した字幕を採用し前面・側面ともに1次車よりも表示窓が拡大されている。
この3編成と3100系2次車の製造によって7000系が編成単位で廃車されるようになった。
本系列は5本が落成したのみで製造を終了し、以後本線系の4両編成通勤形車両は2004年の3300系に移行した。
3500系・3700系は高速性を生かして名古屋本線、犬山線などで快速特急や特急以外の優等列車を中心に3300系と共通に運用されている。またラッシュ時には名古屋本線や犬山線、常滑線などで2本の編成を併結した8両での運用がある。

2009年03月07日

トラクスタン (原子力ミサイル巡洋艦)

トラクスタン(USS Truxtun, DLGN-35/CGN-35)は、アメリカ海軍のミサイル巡洋艦。同型艦はない。艦名はトーマス・トラクスタン代将に因む。同名の米軍艦としては5隻目。ベルナップ級ミサイル巡洋艦を元に動力に原子炉を採用した、アメリカ海軍における4番目の原子力艦であった。

艦歴
トラクスタンは1963年6月17日にニュージャージー州カムデンのニューヨーク造船所で起工し、1964年12月19日にカービー・H・タッパン夫人およびスコット・アムステッド夫人によって進水し、1967年5月27日にデヴィッド・D・ワーク艦長の指揮下就役した。
フラッド キャロ メッカ 輝きの季節 テアーゼ 上位シーン 枕千鳥 フェラテ マドラス ロマン カーボン ランク ソーホー タンプ パーティー タック ルトップ ハバナ スプレッ エンド オキサ スフマート らくだいろ ブタン カゲル キタス スタジャン ランチ シーネ ネッキ アビリテ オルガス ばなな みなせ クローバー キジムシ ガマ対策 モンテ ローコード コック ツァボラ メーター ごぼう ピギー ランナー エルシー こもづの チャド かてい ブルジュド

トラクスタンは6月3日にカムデンを出港し西海岸に向かう。途中バージニア州ヨークタウンとノーフォーク、キューバのグアンタナモ湾、ブラジルのリオデジャネイロ、アルゼンチンのマールデルプラタに寄港した。7月10日にホーン岬をまわって太平洋に入り、チリのヴァルパライソ、メキシコのマサトランに寄港、7月29日に母港のカリフォルニア州ロングビーチに到着した。夏の終わりから秋にかけて公試を行い、11月に整調訓練を開始、10日と11日にオペレーション「ベル・アンカー」参加のため訓練を中断し、その後11月27日から12月3日まで演習「ブルー・ロータス」に参加した。

整調訓練を終えるとトラクスタンは1968年1月2日に太平洋西部に向けて出航する。7日と8日に真珠湾で停泊し、19日に長崎県佐世保に到着する。5日後、プエブロ号事件に対処するためトラクスタンは原子力空母エンタープライズ(USS Enterprise, CVAN-65)と共に佐世保を出航し日本海へ向かう。日本海での作戦活動は2月16日まで行われ、その後トラクスタンはベトナム沖合に向かう。19日と20日にスービック海軍基地で停泊した後、トンキン湾のヤンキー・ステーションに向かう。トラクスタンは極東での配備の大半をベトナム沖で過ごす。作戦地帯では探索救助任務を指揮し、北ベトナムのレーダー識別可能地帯で、空母エンタープライズ、ボノム・リシャール(USS Bon Homme Richard, CVA-31)、タイコンデロガ(USS Ticonderoga, CVS-14)の護衛任務に従事した。トラクスタンはシンガポール、香港、ダナン、スービック湾を訪れ、7月6日にスービック湾を出航、帰国の途に就き7月16日にロングビーチに到着した。

続く四ヶ月にわたってトラクスタンは西海岸で活動し、パイロットの飛行訓練を行う空母レンジャー(USS Ranger, CVA-61)、キティホーク(USS Kitty Hawk, CVA-63)、エンタープライズおよびヨークタウン(USS Yorktown, CVS-10)の対空警護に従事した。11月中旬にトラクスタンは対潜水艦戦の訓練艦となり、訓練生を乗艦させ潜水艦探索訓練を行った。

2009年02月19日

宇宙戦艦

宇宙戦艦(うちゅうせんかん)は、SF作品に登場する架空の兵器。宇宙空間における戦闘を主たる運用とする宇宙艦艇。現実世界における戦艦と同様の性格を持つ艦艇である。
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作品により定義は様々であり一義的には言えないが、おおむね武装した宇宙船のうち、大威力の武装や重装甲を備え、主に艦自体の武装で戦闘する物がこの範疇に入る。

SF作品における宇宙兵器には、軍艦、空母、要塞、戦闘機など現実の軍事で用いられる兵器や施設がそのまま宇宙空間に転用されたものが多く、宇宙戦艦もまたその一つである。戦闘能力を有する宇宙船全般を指して用いられることもある。

なお“戦闘に使用される宇宙船”の総てを表す用語ではない。これは、現実世界での戦艦=“戦闘に使う艦艇”ではないという事と同義である。

SF作品においては、宇宙巡洋艦以下の宇宙戦艦以外の艦種が存在しても、宇宙戦艦との差異はどうなっているのか、厳密には定義されていないものが多い。

海外作品
SFの勃興期に登場した最初期の宇宙戦艦は、1920年代からアメリカにおいて登場したスペースオペラ作品中で活躍するものである。『レンズマン』シリーズのドーントレス号などが代表的なものにあげられる。映像の分野では、やはりアメリカにおいて1966年から放映された『宇宙大作戦』(スタートレックシリーズ)に登場するUSSエンタープライズ、あるいは映画の『スター・ウォーズ』に登場する宇宙戦艦など、地球上における「戦艦」というイメージからは程遠い物となっている(エンタープライズはじめ宇宙艦隊の船のほとんどは、分類上は深宇宙探査船であり戦艦ではない。ただし防衛も任務の一つであるため、戦艦クラスの武装がなされている)。SFの勃興期において、現実世界では戦艦は現役かつ最強の兵器だった。その後戦艦という艦種が消滅するという事は想像の範囲外であって、遥か未来の宇宙空間における最強の宇宙船に「宇宙戦艦」の名前を与える事は、極めて自然な事であり、一方で未来世界・宇宙空間の兵器のデザイン等に現在の地球上の兵器のイメージを反映させる必要は無かった。よって欧米のSFにおける宇宙戦艦が、現実の戦艦とは似ても似つかぬものになるのは当然だった。

日本の作品
特にアニメーションにおいて顕著であるが、現実世界における大艦巨砲主義の戦艦のイメージをそのままに引き継いでいる。日本の戦後のアニメーションの隆盛期においては、戦艦は既に過去の兵器だった。あえて過去の兵器である戦艦の名前を名乗る以上は、その過去の戦艦のイメージを反映した宇宙戦艦になるのは、これまた当然の話だった。また、海野十三の作品など、戦前の空想科学の系譜を、戦後の特撮やマンガ、アニメにおいて引きずった面があった事や、高度経済成長期頃までは戦争体験者が社会で大きな位置を占め、文化的には太平洋戦争を省みる風潮が強く存在しており、戦争映画の様態や昭和30年代の戦争マンガブームなどにその表出が見られた事も影響している。特に、松本零士が太平洋戦争への思いを強く投影し宇宙戦艦ヤマトをつくりあげ、同作が大ヒットして世間に広く知られることになった事が、日本における宇宙戦艦のイメージを決定した。

なお、例外も存在する。王立宇宙軍〜オネアミスの翼に登場する“宇宙戦艦”は、ボストーク1号のような1人乗り宇宙船(作中世界での最初の有人宇宙船)に過ぎず、戦闘用の宇宙船ですらないが、この作品中では宇宙軍が宇宙開発を行うという設定になっているたため、単なる宇宙船が宇宙戦艦の名で発表されている。小説レッドサンブラッククロスに登場する第四次世界大戦の日本の宇宙戦艦大和は、3人乗りの戦闘用の有人人工衛星である。

有名な宇宙戦艦(括弧内は登場した作品名)

国内作品
アニメに代表される映像作品だけではなく、小説などにも登場するものも含まれる。

アルカディア号(『宇宙海賊キャプテンハーロック』、『わが青春のアルカディア』)
艦そのものとしては宇宙戦艦と呼んでよい性格の宇宙船であるが、正規軍ないし叛乱軍といった軍組織の宇宙艦ではなく、「海賊船」と称すべきものである。
マクロス (『超時空要塞マクロス』シリーズ)
巨人型宇宙人の建造した宇宙砲艦を改造したものに、水上艦艇である空母・強襲揚陸艦(または宇宙空母2隻)が連結され、主砲発射時には人型を思わせる姿に変型する。艦内には民間人の居住する街が存在し、地球人の基準による宇宙戦艦の範疇を超えている。
ゼントラーディ軍の艦艇 (『超時空要塞マクロス』シリーズ)
巨人族であるゼントラーディ人の乗艦で、はるか昔の銀河帝国時代から、全自動兵器廠で膨大な数の建造が続けられている。
ブリュンヒルト(『銀河英雄伝説』)、ヒューベリオン(『銀河英雄伝説』)
 部隊としての運用や旗艦として艦隊運用している。艦隊司令官クラスの旗艦は標準戦艦より大きい設定。
ゴースロス(『星界の紋章』)
作中の正式艦種名は、「巡察艦」である。その名称と作中でより大型の艦種である「戦列艦」が存在する事から、むしろ巡洋艦的な宇宙艦である。
ヱクセリヲン(『トップをねらえ!』)
全長は7kmを超える。主人公搭乗艦。後に拡大型の全長70kmのヱルトリウムが登場。
Ν-ノーチラス号 (『ふしぎの海のナディア』)
恒星間航行用超弩級戦艦。
ナデシコ級(『機動戦艦ナデシコ』)
(説明未稿)
キャプテンシャーク (『黄金勇者ゴルドラン』)
宇宙海賊戦艦。
ジェイアーク (『勇者王ガオガイガー』)
赤の星ソルダート師団の超弩級戦艦。白き箱船。
戦闘専用艦アクアエリー(『スターオーシャン Till the End of Time』)
(説明未稿)
仮装巡洋艦バシリスク(『航空宇宙軍史』)
現実の水上艦においての「仮装巡洋艦」というのは、商船を改造して武装を施したもので、正規の戦闘には用いられない(通商破壊、偵察、武装補給艦として用いられる)。ただしこの作中における仮装巡洋艦は、元は軍艦ではないという事だけは共通するものの、正規戦闘に用いられる宇宙艦である。
戦艦ハルバード(『星のカービィ』シリーズ)
ゲーム星のカービィスーパーデラックスで初登場した際は空中戦艦だったが、後にアニメ版などでは宇宙も航行している。
「尾張」、「摂津」等(『宇宙一の無責任男』シリーズ)
作者の趣味なのか、対空兵装としてレーザーポムポム砲があったりする。
TA2系列艦(『それゆけ!宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコ』シリーズ)
1人乗り、宇宙戦艦。
TA-23 カガリヤ・モミジ : 特一級強襲空母(スーパーストーム)
TA-25 ミドー・マドカ : 特一級高速戦艦(スーパースプリント)
TA-27 ハクホーイン・アヤノ・エリザベス : 特一級格闘戦艦(スーパーストラグル)
TA-29 ヤマモト・ヨーコ : 特一級打撃戦艦(スーパーストライク)
20km級巨大戦艦ヘカトンケイル(『ロスト・ユニバース』)
(説明未稿)
宇宙戦艦ロック号(『YAT安心!宇宙旅行』シリーズ)
宇宙海賊キャプテン・ロック一味の乗艦である宇宙戦艦。大型スピーカーでのハードロック攻撃を得意としている。
原子力宇宙戦艦ファランクス(『太陽の簒奪者』)
4名のクルーで構成され武装も少ないが、作中にこれを圧倒する人類側の大型艦もないので戦艦と呼ばれている。

ゲーム
ビッグコア(『グラディウス』シリーズ)
魚型巨大戦艦 (『ダライアス』シリーズ)
巨大戦艦 (『R-TYPE』シリーズ)
クロガネ ハガネ ヒリュウ改 ヘルモーズ (『スーパーロボット大戦』シリーズ)

宇宙戦艦ヤマトシリーズ
ヤマト(『宇宙戦艦ヤマト』シリーズ全作品)
戦艦大和を地球脱出用宇宙船に改造したという設定。 同作には空母、巡洋艦、駆逐艦、潜宙艦等の複数の艦種が設定され、その中でヤマトは宇宙戦艦としての設定が比較的明確になされている。対艦攻撃能力を有した艦載機を多数搭載し運用していることから、空母的性格も有している。ただし現実に存在した戦艦大和も、水上機の搭載能力が大きく、現実の大和の性格を拡大する形で反映したとも解釈できる。
アンドロメダ(『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』・『宇宙戦艦ヤマト2』)
本作における、地球防衛艦隊の旗艦。
主力戦艦(『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』・『宇宙戦艦ヤマト2』)
地球防衛艦隊の主力艦。『宇宙戦艦ヤマト2』では、主力戦艦の艦体後半部を飛行甲板に改造した航空戦艦風の宇宙空母も登場。
無人艦隊大型艦(『ヤマトよ永遠に』)
戦艦(『宇宙戦艦ヤマト 完結編』)
地球防衛艦隊の最新鋭艦。
シュルツ艦(『宇宙戦艦ヤマト』)
ガミラス帝国冥王星基地司令シュルツが座乗する冥王星艦隊旗艦。
ドメラーズ3世(『宇宙戦艦ヤマト』)
ガミラス帝国銀河系方面作戦司令長官ドメルがバラン星赴任時に使用したドメル艦隊旗艦。
デスラー艦(『宇宙戦艦ヤマト』シリーズ)
ガミラス帝国、ガルマン・ガミラス帝国総統デスラーの御召艦で、艦隊総旗艦。
大戦艦(『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』・『宇宙戦艦ヤマト2』)
白色彗星帝国の主力艦。
ミサイル艦(『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』・『宇宙戦艦ヤマト2』)
白色彗星帝国保有のミサイル戦艦。
メダルーザ(『宇宙戦艦ヤマト2』)
白色彗星帝国提督バルゼーが座乗する地球攻略軍(バルゼー艦隊)旗艦。
超巨大戦艦(『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』・『宇宙戦艦ヤマト2』)
白色彗星帝国最後の切り札。全長12.2km(一説には8km)と、本シリーズの艦艇では一番大きい。
暗黒星団帝国巨大戦艦(『宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち』、『ヤマトよ永遠に』)
暗黒星団帝国の戦艦。プレアデスとガリアデスの2隻が存在する。艦首中央部に幅広の艦載機発進口があり、多数の艦載機を配備しており、空母の機能を優先した艦といえる。プレアデスは『新たなる旅立ち』にマゼラン方面第一艦隊旗艦として登場。ガリアデスは『ヤマトよ永遠に』で、暗黒星団帝国地球攻略軍(黒色艦隊)旗艦として登場する。
黒色戦艦グロデーズ(『ヤマトよ永遠に』)
暗黒星団帝国の本星であるデザリアム星に複数配備されていた。
大型戦闘艦 (『宇宙戦艦ヤマトIII』)
ガルマン・ガミラス帝国保有の大型戦艦。
中型戦闘艦(『宇宙戦艦ヤマトIII』)
ガルマン・ガミラス帝国が保有する中型戦艦。司令官ダゴンは第18機甲艦隊旗艦として使用した。
惑星破壊ミサイル艦(『宇宙戦艦ヤマトIII』)
ガルマン・ガミラス帝国が保有する惑星破壊プロトンミサイルのキャリアー。ミサイルがなくても艦自体に高い戦闘能力を誇る。
グスタフ艦(『宇宙戦艦ヤマトIII』)
ラジェンドラ号 (『宇宙戦艦ヤマトIII』)
ボラー連邦バース星艦隊旗艦。艦長はラム。
戦艦Aタイプ(『宇宙戦艦ヤマトIII』)
ボラー連邦の主力艦のひとつ。
戦艦Bタイプ(『宇宙戦艦ヤマトIII』)
ボラー連邦の主力艦のひとつ。
ゴルサコフ艦(『宇宙戦艦ヤマトIII』)
バルコム艦(『宇宙戦艦ヤマトIII』)
ハーキンス艦(『宇宙戦艦ヤマトIII』)
ベムラーゼ艦(『宇宙戦艦ヤマトIII』)
巨大戦艦ガルンボルスト(『宇宙戦艦ヤマト 完結編』)
ディンギル帝国将軍ルガール・ド・ザールが座乗する太陽系制圧艦隊旗艦。同型艦も多数登場。
中型戦艦カリグラ級(『宇宙戦艦ヤマト 完結編』)
ディンギル帝国の主力艦。

ガンダムシリーズ
ガンダム世界では、戦闘での主力がモビルスーツであるため、戦艦と呼ばれる艦級でもほとんどの艦艇がモビルスーツ母艦的な能力を付与されており、現実世界に存在した航空戦艦に相当する艦も多い。なお作中で相対的に小規模な大きさで設定された輸送艇レベルのものも記載する。

各艦の詳細は個別のページ参照。

マゼラン級戦艦
サラミス級巡洋艦
グワジン級大型戦艦

戦艦以外の性格が強く付与された艦
以下に挙げる艦は、作中での正規の艦種名は様々であるが、現実の水上艦艇との比較では、モビルスーツを艦載航空機、あるいはヘリコプターと見立てれば、航空戦艦ないし航空巡洋艦的な性格の宇宙艦である。艦種類別は同一艦級に対しても複数の設定があり、後に公式設定として纏める努力がなされたものの、混乱している。

ホワイトベース(ペガサス級強襲揚陸艦)
アーガマ級強襲巡洋艦
ネェル・アーガマ(強襲揚陸空母、上記のベース艦に大型メガ粒子砲等を搭載したもの)
ラー・カイラム級機動戦艦(ラー・カイラムはロンド・ベル隊の旗艦)
スペース・アーク(練習艦。クラップ級をベースに建造された)
フリーデンII(陸上戦艦であるベース艦とは別物の宇宙用MS母艦)
アークエンジェル級強襲機動特装艦
ミネルバ級MS惑星強襲揚陸艦(強襲揚陸型MS運用母艦)

その他
ピースミリオン級宇宙戦艦(宇宙要塞規模の大きさを持つ、モビルスーツを搭載した母艦)
エターナル(高速戦闘艦)

海外作品
USSエンタープライズ
作中での艦種名は、深宇宙探査艦、またはパトロール艦。ただし 『新スタートレック』日本語版オープニングのナレーションで、“宇宙戦艦エンタープライズ号”と呼ばれた事はある。また、日本語訳小説版に於いては「航宙艦」という造語が斉藤伯好翻訳のものを中心に使用されている。(『スタートレック』)もっとも、アメリカではコンスティテューション級であるNCC-1701はheavy cruiser(重巡洋艦)に分類されている。
プロメテウス号(『スターゲイト SG-1』)
ダイダロス級(『スターゲイト SG-1・スターゲイト アトランティス』)
スター・デストロイヤー(『スター・ウォーズ』シリーズ)
大天使(『降伏の儀式』)
ドーントレス(『レンズマン』シリーズ)
スピリット・オブ・ファイア(HALOシリーズ)
マルコ・ポーロ(『宇宙英雄ローダン』シリーズ)

2009年02月03日

荒尾氏(あらおし)は日本の氏族の一つ

荒尾氏(あらおし)は日本の氏族の一つ。代表的なものは次の3つ
ハンド パーム ドシア バンス ソルト オース サイバ レスト ソナー プラハ デイする 未来の喜び 足跡 せきりん シーツ 金乃竹 ブルーロー ダンエス サイエン パネル 風の華 ファイア レーション フレット リファレンス マルチーズ キールサエ ヤグルマ草 平核無柿 バイバイ オースチン はそく トウヒ ラスト フレーク ヒストリー デコル かおう 百の城 イヤー ケイブ ならたけ ワインリス ユーロス 沖の石 クイック たてじま なみがさね 汽車ポッポ モノローグ

美濃国不破郡より起こった氏族
肥後国玉名郡より起こった氏族
尾張国知多郡(現・愛知県東海市)より起こった氏族。江戸時代には米子城城代職を務めた
現存する文書(注)から、鎌倉幕府の御家人としての荒尾氏が、南北朝期に荒尾郷および尾張国中島郡にその諸領をもっていたことが推定されている。この一族が高階氏を名乗っていたのに対し、戦国期に知多郡の木田城を本拠とした荒尾空善、その娘婿荒尾善次に始まる荒尾家は、後に在原氏を称した(実際には土豪だったのであろうと思われる)。寛政呈譜には「先祖より代々知多郡の荒尾村に住せしより屋号とす」とある

注 荒尾宗顕書状(嘉暦2・1327年の土地譲渡書など。妙興寺文書として愛知県一宮市博物館で収蔵)およびその子、荒尾泰隆の寄進状(応安5・1372年。京都・大徳寺文書)など。「東海市史」通史編(1990年)144項から146項。
末裔に鳥取藩主池田家に仕えた家老家があり、1つは但馬守成房を祖とし、米子城城代を務めた家(荒尾但馬家、米子荒尾家)、1つはその弟志摩守隆重を祖とし、元和一国一城令で廃城となった倉吉城(打吹城)下に陣屋を構えてこの地を領した家(荒尾志摩家、倉吉荒尾家)である。

鳥取・岡山二つの大藩は共に池田輝政を祖にもつが、その輝政の母(善応院)は荒尾善次の娘である。善次の子成房を父にもつ鳥取藩家老「成利(荒尾但馬)」「山就(嵩就。荒尾志摩。叔父志摩守隆重の養子となる)」は輝政の従兄弟にあたる。それゆえ鳥取藩代々の藩主は両荒尾家に、その所領支配に関して全権を委任し、幕末に至る200年以上の間、米子と倉吉の地は、荒尾家によって統治された(成利が米子城代となったのは寛永9・1632年である)。これを自分手政治という。

鳥取県米子市のJR博労町駅を降りて左側の坂道をのぼると荒尾但馬家一族の菩提寺黄檗宗「了春寺」(同市博労町)がある。荒尾氏の墓碑群のなかに異質の新しい墓碑が目立っている。男爵荒尾之茂と縁組した冷泉家22代当主冷泉為系の長女須賀子の墓である。墓所の前には2人が読んだ歌碑が建っている。

ゆめかとも思う許りに故郷の  天守のあとに交す盃   之茂
天主台のほりてみれはきりはれて  なみちはるかに隠岐のしまみゆ  須賀子

なお荒尾志摩家の墓所は倉吉市仲ノ町、打吹山の西中腹にあり、ふもとにはその菩提寺曹洞宗「満正寺」(同鍛冶町1丁目2948)がある。

荒尾但馬家(米子荒尾家。米子城代)歴代当主
0 成房(荒尾善次の子。但馬守)
1 成利(米子城代初代)
成直(米子2代)
成紹(分家)
2 成直
3 成重
4 成倫
5 成昭
6 成昌
7 成煕(分家2代成庸の二男。)成紹の孫。
成尚(米子8代)
成緒(米子9代)
成孝
8 成尚
9 成緒
10 成裕(成孝の子)
11 成富
廃藩後の当主は成富の子成文、成文の子之茂(男爵)である。 新修「米子市史」第2巻(2004年)82項による。

荒尾志摩家(倉吉荒尾家)歴代当主
0 隆重(志摩守。荒尾善次の子で、成房の兄弟)
1 山就(嵩就。倉吉初代)
宣就(倉吉2代)
重就‐勝就(4代)‐仙就(勝就の弟)‐甫就(5代)‐斯就(6代)‐幸就(長山百助の伯父)‐昌就‐本就‐恒就
秀就(倉吉3代)
2 宣就
3 秀就
4 勝就(旗本松平隆欽の二男)
5 甫就(永井尚附の子)
6 斯就(佐々長元の二男)
7 厚就
8 為就
隆就
世就
9 世就
10 直就(隆就の子)
廃藩後の当主は光就(恒就の子)、光就の子嘉就(男爵)である。新編「倉吉市史」第2巻(1995年)229項による。男子は養子が入っているが、女系による相続だろうか。

2009年01月20日

美術(びじゅつ)

視覚によってとらえることを目的として表現された造形芸術(視覚芸術)の総称。英語では fine arts、あるいは art. (本項において記述する)
中学・高校における教科の一つ。(美術 (教科)を参照)
テレビ製作や映画撮影、舞台において裏方を務めるスタッフ

美術は芸術の一分野である。芸術とは、表現者あるいは表現物と、鑑賞者とが相互に作用し合うことなどで、精神的・感覚的な変動を得ようとする活動である。とりわけ表現者側の活動として捉えられる側面が強く、その場合、表現者が鑑賞者に働きかけるためにとった手段、媒体、対象などの作品やその過程を芸術と呼ぶ。表現者が鑑賞者に伝えようとする内容は、信念、思想、感覚、感情など様々である。
キャリ プラス 百目柿 コロッケ ピロー ビリア ブルース プレイパ ライブ 二輪草 タイム ミルク とまぴ こげちゃ だいせん おおば ダブル ネービ ヨハネ ほろば リル アイアール カレンシー がいせい ハイピッ にがうり トラップ フィス マロニ 紅い橋 プロイ みぎわ フォト モールド パンク メーク トリオ カバラ ライチー ハラム ギキョウ ナビリネン げきけい ブタノール スワン ナレッジ コクシ ディン トルコ マグレブ

日本語の「芸術」は『後漢書』『孝安帝紀』の「芸術」から来ており、本来の意味は技芸と学術である。「美術」は1873年(明治6年)、当時の日本政府がウィーン万国博覧会へ参加するに当たり、出品する品物の区分名称として、ドイツ語の Kunstgewerbe および Bildende Kunst の訳語として「美術」を採用したのが初出と言われている。あるいは西が1872年(1878年説もあり)『美妙学説』で英語のファインアート(fine arts)の訳語として採用した。

日本語の「美術」はその後、ファインアートのうち視覚芸術に限定して使われ、これからはみだした、詩、音楽、演劇なども含むファインアートに相当する日本語としては「芸術」が使われるようになった[要出典]。 「美術」と「視覚芸術」、「造形芸術」はほぼ同義であり、ファインアートの一部と見てよいが、本来ファインアートに属さない応用美術も含めた総称で使うこともある(応用美術を含まないことを明示するために「純粋芸術」あるいは「純粋美術」と言うこともある)。そもそもファインアートの定義も曖昧であるが、その日本的解釈が曖昧さに拍車を駆けている部分もある。(→ファインアート)

代表的な美術の分野(ジャンル)は絵画と彫刻である。これに版画、陶芸、染織、写真、映画、建築なども含む場合がある。隣接するものには、イラスト、デザインや工芸などが応用美術と見なされ、漫画やアニメ、劇場映画の多くは大衆芸術と見なされるなどがある。

美術あるいはファインアートと、応用美術や大衆芸術との区分は18世紀のヨーロッパで確立したものなので、他地域たとえば日本や、時代を越えて通用するかどうかは疑問がある。たとえば日本で「美術工芸」という言葉は、「美術と工芸」という意味にも、「美術的価値の高い工芸」という意味にも使われている。また、必ずしも視覚が中心とは言えない作品も現れるなど、ジャンル間の融合や新しいジャンルの発生なども起こっている。現代においてはその区分が輻輳し、あるいは曖昧になりつつあると言うことだけはできる。

応用美術が著作権法の保護の対象になるかどうかが論点になった判例がある。 [1] 応用美術が著作権法と意匠法のどちらで保護されるのかは、時代とともに変遷しているので注意のこと。
欧米では建築が美術の一部あるいは美術に隣接した分野とされることも多いが、日本では、建築が工学的側面から捉えられることが多く、美術と捉える意識は薄い。明治維新以降、日本政府は富国強兵・欧米列強国との不平等条約等を覆す目的で近代国家作りに励んだため、建築もまず技術として捉えられたこと、また関東大震災などの影響で耐震技術への関心が高かったことなどが理由に挙げられる。大学においても建築の課程は芸術系に置かれるよりも、工学系に置かれる場合が多い。(「建築」の言葉そのものの語源は別項を参照)
原始時代の洞窟壁画(ラスコーの壁画など)は呪術的な目的で描かれ、人間、牛の姿を巧みに捉え、日常的な実用性を離れた表現となっており、美術史の始めのページを飾るものである。美術は多く宗教とともに発達してきたが、近代以降は宗教から独立した一分野を形づくるようになり、個性の表現としても捉えられるようになってきた。

作家、鑑賞者
(以下、スタブ)美術作品には作家が存在する。(美術家や職人。その道の専門家)赤瀬川原平の提唱した超芸術トマソンにおいても「作者」を考えることが出来る。

また、鑑賞者がいなければ美術作品は成立しない。

パトロンを参照
伝統的には、美術史の知識を持ち、美術を鑑賞する能力を持つことが教養人の要件であった。現在では、鑑賞者が作品にふれて考え、感じるプロセスが重要であり、多様な作品解釈がありうるという捉え方がある。この見方によれば美術鑑賞は創造的な行為と考えられる。

様式
ある時代の美術が一定の特徴や傾向を示している場合、様式概念を用いて説明することがよく行われる。例えばゴシック様式、バロック様式などである。一つの優れた作品、あるいは優れた作家が誕生し、時代の要求に応えた新たな美の形式を提示すると、同時代の作家たちがそれに影響され、多くの模倣作が造られるものである。

視覚障害と美術
視覚障害者の美術鑑賞

直接、彫刻作品など(レプリカも含む)にさわって鑑賞する方法
第三者に絵画作品などを言葉で解説してもらい鑑賞する方法

その他
前述のように美術は、ドイツ語の Kunstgewerbe および bildende Kunst の訳語である。ドイツ語のKunst(芸術)は、Kunstwissenchaft(芸術学)、allgemeine Kunstwissenchaft(一般芸術学)、Kunstwallen(芸術意思)、Kunstverhalten(芸術態度)などの多くの単語に含まれる。

2009年01月13日

ニンニン忍法絵日記の巻

このアニメは『ドラえもん』の併映作品として映画化もされた。パーマンとの共演も果たしている。下記参照。

『ニンニン忍法絵日記の巻』(1982年、『のび太の大魔境』、『怪物くん デーモンの剣』と同時上映)
ケン一がハットリくんの日記を盗み読みする形で始まる、ショートストーリーで綴られた短編。31分。
スタッフ
原作:藤子不二雄A
脚本:桜井正明
作画監督:桜井美知代
美術監督:河野次郎
撮影監督:金子仁、角原幸枝
録音監督:大熊昭
音楽:菊池俊輔
総監督:笹川ひろし
監修:鈴木伸一
監督:棚橋一徳
プロデューサー:加藤良雄、小泉美明、菅野哲夫
コンテ :池野文雄、石黒育、遠藤政治、笹川ひろし
レイアウト:遠藤政治
原画:大島秀範、神善吉雪、木場田実、白馬進、高橋信也、都丸保、野部駿夫
動画:井内弘子、池田実木夫、伊藤由起子、村上康宏、いやまひろゆき、内田康宏、梅沢千秋、角張仁美、神原敏昭、河上孝子、川口智子、久保裕二、小林まゆみ、小村井修、佐藤由美、塩沢和夫、志村芳子、杉浦千里、鈴木慎二、高橋優介、棚橋美智子、田端勝、富川由紀子、中野より子、西栄文子、福村かおる、見村迫子、山田光洋、山本とみ子、横川たか子、吉谷典子、渡辺麻由美
仕上:青柳幸江、葛西むつみ、吉田かづみ、黒木美代子、小林由枝、五木田幸子、酒井美晴、鈴木敏夫、諏訪早苗、諏訪ミヨ子、高木美香、高橋優子、徳江美智子、永野さつき、根岸せつ子、羽柴公子、堀内朗、堀川正己、本橋恵美子、横山由香里、吉岡昌仁、若山豊子
色指定:横山喜子
背景:スタジオユニ
美術監修:半藤克美
撮影:東京アニメーションフィルム
編集:岡安肇、小野寺桂子、小島俊彦、梅沢清志
効果:赤塚不二夫
整音:中戸川次男、大城久典
録音スタジオ:APUスタジオ
録音制作:オーディオプランニングユー
現像:東京現像所
制作担当:大場伊絃
制作デスク:熊瀬哲郎、田村学
制作進行:茂木仁史、吉武憲司
演出助手:青山弘、木宮茂
フィルム制作協力:パンメディア
制作協力:旭通信社、藤子スタジオ
制作:シンエイ動画、小学館、テレビ朝日
『ニンニンふるさと大作戦の巻』(1983年、『のび太の海底鬼岩城』、『パーマン バードマンがやってきた』と同時上映)
久し振りに伊賀の里に帰って来たハットリくんとケン一達。しかし里には人影が無く、そこへ待ち受けていたのはコンピューターを操る忍者「メカマロ」と、その部下のメカ忍軍団であった。53分。
スタッフ
原作:藤子不二雄A
総監督:笹川ひろし
脚本:桜井正明、岸宗生、大久保昌一良
監督:藤原良二
コンテ:池野文雄、藤原良二
監修:鈴木伸一
作画監督:桜井美知代
美術監督:宮野隆
撮影監督:都島雅義
録音監督:大熊昭
音楽:菊池俊輔
原画:奥野志郎、後藤紀子、土器手司、笠原慎介、木場田実、中島忠二、叶内孝行、小林正義、中村誠、木村友和、佐藤勝、橋本淳一、ごかみよしたか、高野登、三浦清継
動画検査:池田実木夫
動画:角張仁美、横川たか子、梅沢千秋、小村井修、木村光子、高橋優介、渡辺麻由美、くぼゆうじ、中山富美子、太田晴美、吉谷典子、中野より子、塩沢和夫、黒田直美、井山博之、近藤高光、堀越慎太郎、神谷純、河上たか子、前田由加里、志村芳子、佐藤真美江、松田節子、門脇孝一、井之川洋子、岩永しのぶ、林裕子、竹ノ内節子、出口久美子、吉浜久美子、佐藤直子、西河広美、佐藤久美子、橋本紀美子
色指定:吉岡昌仁
彩色:堀川正己、葛西むつみ、酒井晴美、根岸セツコ、横山喜子、市川美加、横山由香里、黒米美代子、伊藤二三子、本橋恵美子、羽柴公子、青柳幸子、醍醐玲子、夏野栄子、田中文子、馬場佳子、稲村和子、中村キミ子、広井勝夫、斉藤伸和、浅見理恵子、山口いつ子、工藤玲子、渡辺とし子、山崎絵美、細谷ふみ子
特殊効果:土井通明
背景:スタジオユニ
撮影:緒方プロダクション
効果:小川勝男
整音:中戸川次男
録音スタジオ:APUスタジオ
録音制作:オーディオプランニングユー
現像:東京現像所
編集:岡安肇、小野寺桂子、小島俊彦、渡辺雅日人
タイトル:道川昭
制作担当:熊瀬哲郎
制作デスク:茂木仁史
制作進行:吉武憲司
演出助手:木宮茂
プロデューサー:加藤良雄、小泉美明、菅野哲夫
制作協力:旭通信社、藤子スタジオ
制作:シンエイ動画、小学館、テレビ朝日
『忍者ハットリくん+パーマン 超能力ウォーズ』(1984年、『のび太の魔界大冒険』と同時上映)
『忍者ハットリくん+パーマン 忍者怪獣ジッポウVSミラクル卵』(1985年、『のび太の宇宙小戦争』と同時上映)
『交通安全でござる忍者ハットリくん』(防災アニメ。第1部、第2部に分かれる)

恋人の色 ビーチ オーデコ ダチョウ 夢の恋路 ドゥーム プライマー ばんどう エブロ 黄昏ワル てっぷ フォロ フィラ チジン やはぎ ファイ ルソー フレンド アンラ イーシ フォークタ すずりいし らいち 夢待人 四季彩 日本の島々 真珠 デレヨイ ツーリスト オブソリ トーキ きがん サガ スクアレ スイムタル オーバル タージ ヒュッテ ミニホ ラーキー オービス スカフェ タイム イメージ ロボール 愛の ロンドン スターム ライブラリー マゼラ